人生、楽しく!

アクセスカウンタ

zoom RSS あの日から64年

<<   作成日時 : 2009/08/06 19:50   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

今日は8月6日。

広島には17歳の時、高校の仲間や他高の人たちと、団体で
出かけた以来、足を踏み入れていない。

もう19年も前の話になるのか・・・

当時、初めて広島へ行ったときは、感慨深いものがあった。
ここで、私の曾祖母や母の従兄妹たちが原爆で、
亡くなったんだな〜・・・と。

原爆資料館の隣だったと思うけど、行方不明者リストが
貼りだされていて、私はある名字に連なる名前を見つめて
いた。

このとき、まだ正式な死亡手続きをしていなかったらしく、
私の縁者たちの名前も載っていたのだ。戦後、50年たって
から、ようやく死亡手続きをした。


64年前、小学1年生だった母は、空襲から逃れるために、
大阪から広島へ祖母と3つ上の姉とともに疎開。
曾祖母から、広島は空襲が少ないからおいで・・・と誘いが。
祖父や母の二番目の兄は、海軍として出兵中もあっての
こと。

広島の空襲が少なかったのは、原爆計画によるもので、
そんな恐ろしいことが計画されているなんて、想像も
していなかった広島市民。

国鉄広島駅の近くに曾祖母の家はあり、疎開中は従兄妹
たちとカキ氷を食べたそうだ。しかし、母は曾祖母たちの顔を
覚えていない。思い出そうとしても、顔だけが真っ黒に塗りつ
ぶされた姿しか思い出せないらしい。首から下は、ハッキリ
覚えているのに。ある意味、戦争による心の傷なのだろう。

不吉な予感を感じた祖母は、前日に慌てて大阪に帰ることに
した。曾祖母は「もう少し、いたら?」と引き止めたが、頑なに
その誘いを断った祖母。もし、そのままいたら、祖母も伯母も、
母も死んでいただろう。そして、この私も今、存在していない。
(死にまつわる不吉な予感を感じやすいのは、祖母譲りなの
かもしれない・・・と思う孫の私。)

そう思うと、人生は紙一重であり、一寸先は闇なのだ。


間一髪で難を逃れた母は、現在夏風邪中。
クーラーに当たりすぎたことが原因で、鼻水と咳が・・・
今は年の割りにキュートな声が、ガラガラである。

皆様、夏風邪には気をつけてくださいませ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
あの日から64年 人生、楽しく!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる